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2017/02/21

医師・秋月辰一郎の仁術

みなさん、こんばんは!ご機嫌よろしゅうございます<m(__)m>

 

 

医師・秋月辰一郎

 

 

秋月辰一郎医師は、原爆が落ちたときみんなに言いました。

 

「食塩、ナトリウムイオンは造血細胞に腑活力を与えるもの、砂糖は造血細胞毒素。
玄米飯に塩を付けて握るんだ。からい濃い味噌汁を毎日食べるんだ。
砂糖はいかんぞ!砂糖は血液を破壊するぞ!」

 

原爆投下から3日目、焼け落ちた浦上第一病院跡に本原救護病院が設けられることになりました。
しかし救護所とは名ばかり、応援の医師も薬も医療器具もないまま、300人の重傷被爆患者が29歳の秋月医師の手にゆだねられました。

 

「一番に逃げ出したいと思いました。
しかし従業員は逃げないし、怪我人の半数は自分の顔見知りでした。
自分は独身で身軽だったし幸い怪我もなかった、だから人のためになりたいとは思いましたが、薬もなく自分がいても治療が出来ないのですから、もしここが知らない所だったら、こそっと逃げ出したかもしれません。

 

薬も何もないのに患者の治療をするというのは、医師として非常に苦痛です。
だから本心は毎日逃げ出したいと思いながらとどまっていたのです。
私が医者になったのは、身体が弱くて自分で病気を治したかったからですが、それが医者になってからは、当直もずっとやるし、なぜか病人から離れられなくなっていました。

 

『(医は)仁術(医療は慈愛とおもいやり)』といいますが、例え治療しないでも、医者や看護婦がベットの側にいるだけで患者が安らぐ、 そういうことも実感してきましたから、やっぱり患者を置いて行けませんでした。
『先生、先生』と頼られれば、そこを離れるわけにはいかなかったのです」。

 

ロウソクの灯りを頼りに、火傷には油を筆で塗り刺さったガラスはピンセットで抜き、あればマーキュロ塗る、それしか手当できませんでした。
爆心地から本原の丘へ迫ってくる死の同心円に怯えながら、秋月さんは被爆者の手当てを続けました。

 

8月15日、日本はポッダム宣言を受諾、降伏して戦争は終わります。

 

「全身火傷、泣き叫ぶ子ども、家は焼かれ、もう戦う者の姿じゃなかったです。だから敗戦でほっとしました。

同時に、偉い人が、こんなになるまでどうして戦争をやめることが出来なかったか、遅すぎたという感じがしました。

悔しいとか悲しいというより、こうなってむしろ当然という気持ちで、「終戦の詔勅」を皆に読んで聞かせた時に、敗戦で悲しいけれどこれ以上苦しむことはないだろうと言いました。
これだけ火傷をさせて苦痛を与え、これだけの死者を出して、勝つも負けるもありません。

 

その後日がたつにつれ、 治療した人数とか、ひどい爆傷の様子、実際の何万分の1ぐらいではありますが、医者の自分の目で見たこと、経験したからこそ言えることをぜひ記録しておきたいと思う様になりました。
科学的にも学問的にも、あの40日間に起きたことはもう真黒で、自分やお互いが見た、という以外は何の証明もない、だからこそ忠実に記録しておきたいと思ったのです。

 

原爆投下の1年前から3年間、私は1日もここを離れたことがありません。
病院のベットから見る窓の外は、当時被爆者がぞろぞろあがってきた方角ですし、日曜日の朝の礼拝でお祈りしながら横を見れば、あの時治療に来た人の家族がいっぱいそばにいる、あの時と同じ場所にいるから書けたのだと思います」。

 

「身体も強くない信念もない私が、病院を作って、そこになぜ留まろうと決めたのか自分でもわかりません。
ただみんな何かを背負ってると私は思うのです。
この付近にたくさん倒れていた人が、私を後ろから押しているような感じ、そういうものがこの世に存在するのかわかりませんが、医学の進歩した手術室の中にいながら、今でもあの時黒焦げになって道端にごろごろごろごろ死んでいた人とが二重写しになります。

 

患者と一緒にここで暮らすという人生は、それは非常に重荷ですけれど、それが自分の歩む力になる、背負っていくというより背負わされている感じ、私にとって不幸なことだけど、それを置いていくことが出来ません。
無理に忘れることをやめて、背負いつつ人生を生きていこうと決めたのです。
大勢の被爆者を前にして私は逃げなかった、あの時の心と今と同じなんです。

 

病院に壊れた石垣がありますが、この前夜中にそこを歩いていたら、自分の靴音が石垣にはね返ってグウグウって変な音をたてました。
そこはあの時、怪我人がいっぱい上がって来た場所です。
この世のものとは思えない音、石垣がグググっていってるのか、1つ歩くとグググっていう、それからはっとして、これは人のうめき声みたいだと思いました。

 

普通ならそんな音を聞くのは嫌ですが、その時は行ったり来たりしながら耳を傾けました。
今度表彰されるのも、 こういう重荷というものに共感していただいたからだろうと思います」。

 

http://bit.ly/1xJOfuz

放射能を避けるための食事

 

これは、放射能性物質限定の話ではありません。
体調を保つための基本的な方法です。
癌などの食事法としても応用できるということですね。

 

 

 

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お退屈様でした<m(__)m>

 

 

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